私とGT−Rの蜜月な関係。
私はGT−Rニスモ(BMR32)に新車で購入して9年10万キロを乗った後に、34GT−R(BNR34)を発表前にオーダーした程のGT−Rファン。32GT−Rに乗り「901活動」(日産が90年にシャーシ性能世界一を目指した)の成果を体験。
また、エンジンも最初から当時のチューニング車のいわゆるフルチューンの状態のである、ツインターボ、インタークーラー(それも大きな)、大容量インジェクター等が使用されていた。シャーシダイナモでパワー測定をすると、ノーマル状態で300PS、マフラー交換とブーストアップで簡単に400PSオーバー。実際、私も簡単なチューニングで当時のポルシェターボを追い回すこともできた。
そんな並外れたGT−Rだからこそ、レース界もデビュー後は連戦連勝。29戦中29勝、GT−RライバルはGT−R。あまりにも強すぎてグループAは消滅してしまった。その異次元の強さは我々の心に深く刻み込まれた。
レース界や街のチューニング界でも評判で(サーキットでもストリートでもライバル無し)現在の多くのGT−Rファンを獲得。GT−R専門誌まで刊行され、毎年、開催されるニスモフェスティバルには多くのGT−Rファンが自慢のクルマで駆け付けてくる(駐車場がGT−Rだらけで、帰りに自分の車を探すのが大変らしい)。日産にとって、このようなファンは貴重な財産であり私もその一人だった。
だからこそ、東京モーターショーでGT−Rプロトについては、色々と思いが複雑に交錯する。
何かが違うGT−Rプロト・・・。
GT−R PROTO発表!
2001年、GT−Rコンセプト発表。そして今回の東京モーターショーで次期GT−Rが発表と聞き、ワクワクしながら幕張に向かいました。
そしてカーテンが落ち、やっと目の前に実車が。しかし、しかし、しかしですよ。会場には大勢のプレスがいるのに、あまりにも静寂。
なにか、違うぞGT−R・・・。
ちょっと長くなったので、次回へ続く・・・。



